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牧場へ、いらっしゃい!

『星の牧場』に風がきた

釧路湿原

 ひょっとしたら、夏の釧路湿原ほど魅力に乏しい観光地は無いのかもしれません。確かに釧路湿原は広大ですが、それを見ることは、釧路湿原駅に途中下車すれば充分です。帯広に行く途中に、摩周湖に行く途中に、知床に行く途中に、原生花園に行く途中に、ちょっと寄り道をすればすむ事です。
 湿原自体にしても、花が咲き乱れるわけでもないし、必ず鶴を見る事ができるわけでもないし、歩いてみたところで全く単調な景色が続くだけです。
 実際、まきばYHに泊りにくる御客さんの多くは、釧路湿原を見に来たというより、根室や帯広や摩周湖に行く中継地点として泊って行く人たちばかりでした。たまに、釧路湿原を見に来たという人がいたとしても、その目的は、釧路湿原よりも気球だったり、ノロッコ号だったりしました。
 せっかく釧路まきばYHに泊った御客さんたちが、釧路湿原を見ずに帰って行くなんて、淋しすぎます。だいいち、もったいない。できれば、もっと釧路湿原を見て行ってほしい! そう思った私は、
「釧路湿原の再発見をしてもらおう!」
と、思いました。

 釧路湿原に行く列車の便は、非常に少ないです。第一便は6時12分釧路発網走行きですが、これに乗っても無駄というものです。何故ならば、朝の釧路湿原は、殆ど霧がかかっていて何も見えないからです。だから、まきばYHに泊った御客さんたちは、どうしても、第2便の「8時55分発、快速しれとこ号」に乗る事になります。
この時、もし、まきばYHの御客さんたちが、まきばYHの「釧路湿原ツアー」で行くのではなく、バラバラで行ったとして、まきばYHで
「私、あんな人なんか知らないわ」
と、泊りあわせた人を無視したとしても、
みんな「8時55分発、快速しれとこ号」に乗ってしまう事になります。しかも、たったの一車両編制(または2車両)ときています。悲しいかな、YHで一緒に食事した人たちと、YHで一緒に風呂に入った人たちと、はちあわせになってしまうのです。おまけに、みんな釧路湿原駅で降り、細岡展望台に向うときています。その後の列車だって、本数が少ないため、一緒の列車に乗る可能性が大きいのです。
 ならば、いっそうの事、まきばYHから釧路湿原を観光する人たちをかき集めて、まきばYH主催「釧路湿原ツアー」を作ってしまえ!と、考えました。

 釧路湿原ツアーと言っても、私がホステラーさんたちを先導して、皆を釧路湿原に連れて行くのではありません。ただ、皆で勝手に行ってもらうだけのツアーです。私には、まきばYHの仕事が山ほどありましたから。では、「釧路湿原ツアー」とは、どういうツアーだったのでしょうか? それは、こんなツアーでした。

1. 朝8時、和商市場に御弁当を買いに行く。
2. 8時55分、快速しれとこ号に乗って細岡展望台へ!
3. 10時34分、ノロッコ号(釧路湿原駅)に乗って塘路駅に!
4. 塘路駅から、二本松展望台、コッタロ湿原に行く!
5. 塘路駅から、茅沼駅までの木道を歩く。

 もっと詳しく解説しましょう。

1. 朝、8時、和商市場に御弁当を買いに行く。

 なぜ、こんな事を企画したかと言えば、釧路湿原に食べる所など無いからです。和商市場では、持ち帰り用御飯を売っています。その御飯に、ウニ、イクラなどの海産物を入れてもらえば、とても安い値段でウニ丼、イクラ丼が食べられます。これを釧路湿原ツアーの御弁当にしない手はありません。
 それと、この作戦には、もう一つの狙いがありました。まきばYHの朝食を食べてもらう作戦です。御客さんの中には、和商市場で朝食をすまそうとする人が多かったからでした。
 これはべつに、商売でYHの朝食を食べてもらおうとしたのではなく、まきばYHで、みんなで一緒に食事してもらう事によって、そして一緒に御皿を洗ってもらう事によって、少しでも釧路湿原ツアーに行く人たちが、うちとけてほしいと思う親心からでした。

2. 8時55分、快速しれとこ号に乗って細岡展望台へ!

 細岡展望台は、釧路湿原で2番目に眺めのいい所です。したがって、とても人で混みあいます。だから、混みあう前に行ったほうがいい。そういう理由で、私は真っ先に細岡展望台に行く事を勧めました。

3. 10時34分、ノロッコ号(釧路湿原発)に乗って塘路駅に!

 ノロッコ号とは、日本で一番ゆっくり走る列車です。『釧路湿原をノロッコ号でゆっくり眺めよう!』というJRの宣伝文句は大当りでした。ノロッコ号に乗ろうとする御客さんたちは後を絶ちませんでした。
 だから、人によっては、快速しれとこ号ではなく、ノロッコ号で釧路湿原を見たいという人が、まきばYHの御客さんの中に多かった事も確かでした。しかし、このノロッコ号という奴は、路線の半分くらい釧路の街中を走るのです。実は、ノロッコ号が最も美しい景色を見せてくれるのは、釧路湿原駅から塘路駅までと言って差し支えありません。それならば、最初に釧路湿原駅で降り、細岡展望台を眺め、釧路湿原駅から塘路駅までノロッコ号に乗った方がいい。そういうわけで、私はこのコースを勧めたわけです。

4. 塘路駅から、二本松展望台、コッタロ湿原に行く!
5. 塘路駅から、茅沼駅までの木道を歩く。

 釧路湿原を肌で感じるには、この二つのコースを歩くに限ります。いずれも野性の鶴を見られる可能性の強い所です。二本松橋に行けば野性馬に会えるし、コッタロ湿原の美しさは言葉で言い表せません。茅沼までの木道では、多くの水鳥を発見できるはずです。そして、なにより野性の丹頂鶴を見かける事ができます。

 まきばYHに御客さんが少なかったのは、私がヘルパーを始めて一週間位。七月初旬まででした(もっとも、少ないと言っても20名以上泊っていましたが)。
 それが、あっという間に満室(定員44名)になってしまったのですから、これは嬉しい誤算でした。ペアレントさんは、七月中旬に、別館の二室を解放し、定員を56名に増やしたのですが、それもすぐに満員状態になりました。それからです。本当の戦いが起こったのは・・・・。

 どうやら、私は素晴らしい御客さんに恵まれたようです。毎日のようにまきばYHにかかってきた電話は、
「まきばYHを★★さんに紹介されたんですけど」
と、いうものでした。
 北海道のあちこちで、まきばYHの評判を広めてくれた御客さんたちには、ただ感謝するばかりです。アッという間にまきばYHは、満室になったのですから。けれど、今にして思えば、それが地獄の始まりだったのですから、皮肉といえば皮肉です。

 予約の電話は、ひっきりなしにかかってきました。1時間に20件の電話がかかってくる事も珍しくありませんでした。一口に「一時間に20件」と言いますが、3分に1件という割合で電話がかかってくるのです。掃除も、受付も、昼寝も、トイレさえも、私がやろうとする事は全て中断されてしまいます。私は、一日中、電話と戦わなければならなかたのです。

「今日、泊りたいのですが」
「すいません、いっぱいなんです」
「キャンセルはありませんか?」
「あるかもしれませんが・・・・保証はできませんよ。失礼ですが、釧路YHの方は電話してみましたか?」
「いいえ」
「でしたら、釧路YHに電話かけてみてください。実は、釧路YHはとても素晴らしいYHなんです。旅人にとても人気のあるYHなんですよ」
「はい」

 私は、まきばYHにかかってくる御客さんを、かたっぱしから釧路YHに紹介していきました。けれど、釧路YHにしても、そうそう大勢の御客さんを収容できるわけではありません。そんな御客さんは、もう一度、まきばYHに電話かけてきたりします。
「すいません、釧路YHが、いっぱいだったんですけど・・・」
「じゃあ、ノームという、とてもロケーションのいい民宿があるのですけど」
「え? ノームがいっぱい? じゃあ風来坊って民宿がいいですよ!」
「え? 風来坊がいっぱい? じゃあ丹頂の家って民宿がいいですよ!」
「え? 丹頂鶴の家がいっぱい? じゃあ、ちょっと遠いですが摩周湖の近辺にいい宿があります」

 私は、できる限り、あちこちの宿を紹介していきました。でも、中にはどうしても「まきばYHに泊りたい!」とか、「俺はまきばYH以外には興味がないんだ!」という人もいました。
 そんなことを言われてしまっては、私は嬉しくなってしまいます。

「部屋が狭くなりますがいいですか?」
「補助ベットでいいですか?」

と、私は聞き返しました。すると、電話の主は嬉しそうにこう答えてきました。

「廊下の隅でも、物置でもいいです!」

 でも、実際問題として、廊下の隅に寝かせるわけにはいきません。私は大急ぎでヘルパールームを開放し、補助ベットを用意し、56人の定員を60〜62人に増やしたものです。それでも、どうしても泊りたい人を受け入れる事は至難のわざです。

「七回も電話してるんです。なんとかなりませんか?」
「まきばYHに泊るため釧路に来たんです。」

という電話は、増える一方でした。

 そんな御客さんを泊めてあげたい! そういう一心で、まきばYHの定員は増える一方でしたが、それが他の御客さんの迷惑になった事も確かです。部屋が狭くなってしまったり、それだけYHが騒がしくなったり。それでも御客さんからの苦情が殆どなかった事は、それだけまきばYHに泊る御客さんたちが、優しい心の持主だったからに違いありません。

 私は時々、自分の部屋を御客さんに開放し、消灯後に、こっそりソファーで寝る事がありましたが、ふと、夜中に目覚めると、毛布がかかっている事がありました。そして、
「御苦労様」
と書き置きが、置いてある事がありました。私は優しい心遣いを持った御客さんに心が暖かくなったものです。

 そんな時、私は、返事を書きました。書き置きをくれた御客さんに返事を書きました。まきばYHに連泊した御客さんたちにも手紙を書きました。
 連泊して、釧路湿原を歩いた御客さんのベットに手紙を置きました。キャンディーやチョコレートと一緒に置きました。そして、私は御客さんたちから返事をもらいました。多くの御客さんたちから返事をもらいました。私と御客さんは、同じ屋根の下に寝ながら、手紙を書き合ったのです。

 60人という御客さんの数は多すぎます。たとえ一人あたり5分、御客さんと話しをしたとしても、総計すれば5時間にもなります。それだけの時間をかけたとしても六十人の人の心に安らぎを与える事は不可能です。一人あたり、たった5分の会話に何の意味があると言うのでしょうか? でも、手紙は、そうではありませんでした。私が、御客さんに書いた手紙は、たったの数行でしたが、この手紙は好評でした。御客さんの中には、

「今まで旅をしてて一番嬉しかったことです」

と、言ってくれた人もいました。5分の御話しより、五行の手紙の方が心を打つ。そんな現実を目にしてしまった私は、『風のたより』をやってて良かったと、しみじみと思ったものです。
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