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ヘルパー体験記
『星の牧場』に風がきた
 風になった私
 まきばの人たち
 ふれあいを求めて
 釧路湿原
 罪のなき悪戯
 不良ヘルパーの悪行
 ヘルパー生活の終り

牧場へ、いらっしゃい!

『星の牧場』に風がきた

ヘルパー生活の終り

 二ヵ月近いまきばYHのヘルパー生活にも終りの時が来ました。平成5年8月20日をもって、私のヘルパー活動は終りを告げたのです。翌日、荷造りを終えた私は、YHの自転車で釧路YHに行きました。商売敵の所に行ったわけです。えっ? どうして、商売敵の釧路YHに行ったのかって? あれは私が、まきばYHのヘルパーになって間もない頃です。仕事もろくに覚えてない私の所に釧路YHから電話がかかってきたのです。

「もしもし風さん? 俺です。大沢です。リバティーYHで会った」
「ああ、東武鉄道の車掌さんだね?」
「実は俺、会社を辞めたんです。それでもって、釧路YHでヘルパーをやってるんです!」
「何だって?」

 絶句しました。比較的に休みの取りやすい、やりがいのある職場に勤めていると聞いていただけに、なおさらでした。でも、何だか、とても嬉しくなった事も事実です。

「そうか、あいつは釧路YHにいるのか」

 近所のYHに旅仲間がヘルパーをやっている事こそ心強い事はありません。よし!と、思った私は、まきばYHで断った御客さんを、かたっぱしから釧路YHに紹介していきました。そして、連絡を取り合ったものです。

 そして、時は流れ、私のヘルパー期間が、終りに近付いてきた時、まきばYHに、ちょっと変った訪問者がやってきました。その人はAさんと言う、美人の女の子でした。
 私は、いつものように、受付で、冗談を言いながら、御客さんであるAさんに、まきばYHの説明をしていました。すると、Aさんは、何か思いつめているような顔をしていました。とても落込んでいるようなのです。

「どうしたんだろう?」

と私が思っていますと、Aさんは、口を開いて私を仰天させました。

「実は私、ついさっきまで、釧路YHでヘルパーをやってました」
「え? さっきって?」
「ついさっきです」
「えっ? じゃあ、ひょっとして、YHの人たちと人間関係でうまくいかなかったの?」

 Aさんは、悲しそうに頷きました。

「そうですか、それは大変でしたね。今日はゆっくり休んでいって下さい。よかったら、後で、じっくり御話を伺わせて下さい」

 何事でもそうですが、人間関係ほど難しいものはありません。YHで人間関係に苦しんでヘルパーを辞めてしまう例は数多くあります。ところが、このAさんは、ちょっと違ってました。
 彼女は、悩んでいました。
 忙しい時にYHを抜けた事を、とても後悔していました。
 彼女は、私の仕事を手伝いながら、悩みを打ち明けてくれました。私は、彼女の優しさに内心、ちょっと驚きました。YHを飛び出した彼女が、YHの仲間たちを、とても心配してるさまは、ちょっと考えられなかったからです。

「佐藤さん、まきばYHのヘルパーが終わったら、私の代りに釧路YHのヘルパーをやってくれませんか? 釧路YHの皆さんは、とても困っていると思うんです」

 こんな事を頼む御客さんは、前代未聞と言っていいでしょう。こともあろうに、商売敵のYHに泊りに来て、そのヘルパーである私に、
「釧路YHのヘルパーになって下さい」
と言ってくる御客さんは、後にも先にも、これが初めてではないでしょうか?

 もちろん、私の答えは「イエス」です。こんなに飛び出したYHの事を思ってる、心優しい人の頼みを断れるわけがありません。世の中には、喧嘩別れした人の悪口を公言してはばからない人が多いものですが、私の目の前にいるAさんは、そういうことはなく、とても優しい心遣いを持っています。世の中には、まだこういう人がいたんだなあ・・・・と、私は感心していました。

「釧路YHにいってきます!」

 私は飛び出しました。元気よく飛び出しました。まきばYHを飛び出しました。私のヘルパー最後の日に飛び出しました。こうして、私の最後のヘルパー(8月21日)は、まきばYHではなく、釧路YHで行なう事になりました。釧路YHでは、メインヘルパーの大沢君が待っててくれました。

「押しかけヘルパーにやって来ました!」

 私は、大声で叫びました。
「まあまあ御茶でも」
と言う大沢君やママさんをさしおいて
「始めましょう!」
と私はベットメイキングや掃除を始めました。なかなか重労働でしたが、それでも、まきばYHのそれに比べれば、まだ楽と言うものです。なにより大沢君と一緒に仕事ができるのが嬉しかった。大沢君とする仕事は、とても楽しかった。
 大沢君とは、とても古い付き合いでしたが、彼には不思議な人徳があります。ボーボーとした、その性格は多くの人を引きつけるものがあります。この夏の釧路YHが人気YHだった理由は、案外、この人の人柄によるものかも知れません。

「忙しかったよな〜」
「ああ、忙しかった」
「どうして、この夏は釧路方面だけ忙しかったんだろう?」
「他のYHでは、何処でも、御客さんが激減しているのにね」
「この夏は、冷夏だったせいか、北海道に来る御客さんじたいが少ないからねえ。ただでさえ御客さんの来ないYHは、崩壊寸前になってるみたいだね。でも、そういう中で、まきばYHや釧路YHは、本当に頑張ったよね」
「俺、ここでヘルパーをやれて良かったと思ってる」
「俺もだよ」

 仕事を終えた私は、釧路YHのペアレントさんの奥さんに、

「押しかけてすみませんでした。私はもう、まきばYHに帰ります」

 と挨拶をしました。ママさんの目は点になっていました。

「あなた、まきばYHを出て、釧路YHにやって来たんじゃなかったの?」
「いいえ」
「じゃ、まだ、まきばYHに籍があるのに、ここに来たの?」
「はい!」
「そ、それじゃ、まきばYHのペアレントさんは、この事を知っているの?」
「知っています。全部知っています!」

 釧路YHのペアレントさんの奥さんは、驚いていました。
 まきばYHに帰ると、ペアレントさんが私を待ち構えていました。

「風さんは釧路YHのヘルパーになったのかと思っちゃったよ」

と、ニヤッと笑うペアレントさんの笑顔を私は忘れる事ができません。

 その晩、私は、まきばYHを出ていきました。最後の仕事を終えて出て行きました。夜行バスに乗込むために出て行きました。大勢のまきばYHの御客さんに見送られて出て行きました。その時、御客さんの暖かい心を知る事ができました。たくさんの御客さんたちが、心温まる声を私にくれました。まきばYHの部屋は空っぽになっていました。六十人の御客さんたちは、まきばYHの玄関の外に立並んでいました。盛大な見送りを受けて、私の目は見えなくなってしまいました。

 そして、釧路駅。夜行バスに乗込もうとする私に、
「よう!」
と肩を叩く人がいました。大沢君でした。

「どうしたんだい? ヘルパーの仕事は大丈夫なの?」

 彼の口もとは笑っていました。

「今、人手が足りなくて、困ってるんだろう? いいのかい? 抜け出したりして」

 彼の目もとは笑っていました。

「ペアレントさんの許可をもらっているの?」

 彼の心は笑っていました。
 私の心も笑っていました。
 そして、出発の時が来ました。
 大沢君は夜行バスと競走し、大きく手を振ってくれました。
 そして、彼は暗闇の中に消えていきました。
 私は、いい友だちに恵まれたようです。
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