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ヘルパー体験記
『星の牧場』に風がきた

牧場へ、いらっしゃい!
 手紙
  ヒールとベビーフェイス
 再建
 無垢(むく)の木
 ナホちゃんのオカリナ
 マキロン

牧場へ、いらっしゃい!

マキロン

 私は、あせっていました。
「ナホちゃんも、コウちゃんもいなくなったら、ヘルパーは私一人になってしまう。どうしよう?」

 客入りが悪いとは言っても星の牧場YHは、連日満員を続けていましたから、もし、補充のヘルパーが見つからなかったら、私一人で、六十人の御客さんを相手にしなければならなくなる。そんなこと絶対無理だ!

 読者の皆さんには、わかりにくいかもしれませんが、六十人分のベットメイクをし、六十人分の電話連絡を受け、六十人分のアップルギョーザを作り、六十人分の旅の相談をし、その上、YHの掃除を一人でやるなんて絶対に不可能です。
 例えば、1人分のベットメイクに平均2分の時間をかけたとします。そうすると六十人分のベットメイクは、2時間かかることになります。だから私は、ことあるごとに御客さんにヘルパー募集してきました。そして、ひっかかったのがマキロンこと宮崎麻衣子さん(以下マキロンとする)です。

 私のミーティングは、ヘルパーの紹介から始ります。私は、マキロンを、こんなふうに御客さんたちに紹介しました。

「これよりヘルパーの紹介をします。まず私ですが、風(かぜ)と言われています」

 し〜んとしているミーティングルーム。

「北海道では、仕事を辞めて旅する人のことを風と言います。知っていますか?」
「・・・」
「おや、御存知なかったですか? 実は、関東地方では風(かぜ)と言わずに音読みで風(ぷー)と言ってるんですがね」

 ホステラーさんたちら笑いがもれる。

「さて、このYHには、私の他に2人のヘルパーさんと、一人の留学生の方がいらっしゃいます。彼らを紹介しましょう! まず、このでかい男。彼はコウちゃんと言います!」
 パチパチパチ(拍手)
「そして、このかわいい女の子の名前は、ナホちゃんです!」
 パチパチパチ(拍手)
「最後に、中国から来た留学生を紹介します。イー・ソウロウさんです」
 パチパチパチ(拍手)
「イー・ソウロウさん、皆さんに御挨拶して下さい」
 マキロンが立ち上がる。
「ワタシ、シャンハイカラ、ヤッテキマシタ。イー・ソウロウデス」
「御仕事は?」
「イー・ソウロウです」
「いえ、名前じゃなくて、御仕事です」
「イー・ソウロウです」
「そうじゃなくて、御仕事を聞いているんです」
「イー・ソウロウです」
「だから〜、名前じゃなくて、あなたの御仕事を聞いてるんですけれど」
「イー・ソウロウです」

 私とマキロンのトンチンカンな会話に、ざわめく御客さんたち。
 しかし、私もマキロンも、その時を絶対に逃さなかった。

「もう一度聞きます。あなたの御仕事は?」
「イー・ソウロウです」
「そうなんです。彼女の御仕事は、居候(いそうろう)なのです。実は彼女は、期間が短いためにヘルパーではなく『居候』という身分で星の牧場YHで働いているんです」
「じゃあ、イー・ソウロウというのは本名ではないんですか?」
「ピンポン! 彼女の本名はマキロンでした!」

 爆笑する御客さんたち一同。

(ちなみに居候というのは、ヘルパーの補助的な御仕事しかしないけれど、謝礼金がでない身分のことです。つまり無料で泊れるかわりに、多少の御手伝いをする人のことです)

 マキロン。どうしてマキロンなのか私は知りませんが、マキロンというニックネームは、ドンピシャリって感じがします。だから、私もコウちゃんもナホちゃんも、マキロンは覚えていても、本名の宮崎麻衣子の方は簡単に思い出せません。たまにマキロンから手紙があっても、

「宮崎麻衣子? はて? そんな人いたっけ?」

と首を傾げたもので、開封してみて初めて

「マキロンだ! マキロンじゃないか! 宮崎麻衣子なんて書いてあるから誰のことかって思ったよ」

と、ひとり言を呟いたものです。
 けれど、ペアレントさんは、どういうわけか、このマキロンという単語をなかなか覚えられませんでした。マキロンを呼ぶ時も、なかなかマキロンがでなく、代りに
「ケロリン!」とか
「アクビちゃん!」
と呼びます。それでもマキロンは、ハーイとかけつけますから大したものです。
 もっとも、「ケロリン」も「アクビちゃん」も、マキロンにぴったりのニックネームですけれどね。星の牧場YHでケロリンと言えば、マキロン以外に考えられないし、アクビちゃんだってマキロン以外に考えられません。つまりマキロンという女の子は、いろんな特徴をもったキャラクターなのです。もっと言えば多数人格者。だから、一つのニックネームだけではぜんぜん足りないマキロンなのです。

 ところで、このマキロン。星の牧場YHでは、とても素敵な居候さんでした。と言うのは、ものすごく積極的に御客さんに話しかけていたからです。まあ、本人としては、好きでやっていたことなんでしょうが、実は、これが御客さんにとって一番素敵なプレゼントだったはずです。
 旅慣れてない人にとって初めてのYHは、どうしても緊張します。相部屋で、ミーティングがあって、知らない人と食事をし、規則があるといったYH。ヘルパーをして、つくづく感じた事は、多くの御客さんたちが、緊張しながらYHに入って来ると言う事です。この緊張をときほぐすには、こちらから話しかける事が一番なのです。

 旅人の多くは、本当は、見知らぬ人と話をしたがっています。例外もいるでしょうが、YHに泊ろうとする人の多くの人が、ふれあいを求めて旅をしているはずです。その証拠に、人気YHと言われるYHの殆どが、ホステラー同志が気軽に話しかけられる所ばかりです。しかし、星の牧場YHは、とてもそんな雰囲気ではなかった。

 その理由は、星の牧場YHに泊る御客さんのほとんどが、初めて北海道に来た旅人や、生れて初めてYHを使う人たちだったためです。ようするに旅慣れてない人たちが多かったわけです。ホステラーさんたちの多くは、外食ですまし、部屋に閉じこもったきりでした。食事をとったホステラーさんたちにしたって、見知らぬ客同志の会話も、旅人同志の情報交換も無く、食堂はいたって静かでした。

 そんな状況を苦々しく思っていた私は、必死になってミーティングを盛り上げたものですが、これとて御客さんの協力(一緒に盛り上がろうとする気持ち)が無かったら、成功しません。 でも、マキロンが来た日から状況が、ガラリと変ってきました。あまり遠慮のないマキロン。誰とでも話しをするマキロン。恐ろしいギャグを連発して御客さんをカチンカチンに凍らせるマキロン。そんなマキロンが、御客さんたちの中に混じってミーティングを盛り上げてくれたからです。
 おかげで御客さんたちは大喜び! 何せマキロンときたら、変化自在の妖怪のようなキャラクターですから、御客さんに合わせて自分をドンドン変えていきます。あるときは漫才師、ある時は人間ジュースボックス、ある時は謎の旅人、ある時は謎のワラジ売り、またある時は中国人留学生。怪しいったらありゃしない。
「何だ何だ? あいつ、何であんなに怪しいんだ?」
 その理由は、6カ月後にわかりました。

 6カ月後の春のことです。私は、コウちゃんに招かれ、コウちゃんにの御母さんが経営する居酒屋で、星の牧場YHのヘルパー同窓会を開きました。そこは、こじんまりとして、しゃれた感じのする居酒屋でした。名前は『あべの』だったと思います。その宴席でマキロンが、私に囁きました。

「私、今度、モダンダンス部の公演をやるんだ。風さん来ません?」
「はいはい、それでチケットは、いくら?」
「え? 買ってくれるの? ごめんね五百円なんです」

 ふん、ど〜せ、マキロンの踊りなんて、『岬めぐり』か『落陽』違いない。何しろマキロンときたらフォークソングに狂っているんだからな。と、半分馬鹿にしつつ、マキロンの公演を見に行ったのです。
 ところがドッコイ!
 やってくれましたマキロンは。ふだんはとてもラフな姿のマキロンが、レオタードでキンキラキンに化け、コーラスラインをはじめ、創作ソロダンスから、派手なダンス、ギンギラギンギンのダンスを踊りまくるのです。

「マキロンじゃないみたい」
「これが、本当にマキロンなのか?」

 う〜ん、変化自在な奴だ。
 こいつの本当に正体は、いったい何なんだろ?

 公演は、アッという間に終ってしまいました。会場は、大勢の御客さんたちが、ギッシリと席を埋めていたのですが、その御客さんたちは、どこで拍手をしてよいか分からなかったり、公演終了後にまごついていたり、いかにも慣れていないといった感じでした。私は、ボーゼンとしているコウちゃん、ナホちゃんたちをつつきました。

「何してるんだい? 外に出なきゃ。マキロンが、俺たちを外で待ってるよ」
「あ、そうなんですか?」

 コウちゃんも、ナホちゃんも、
 こういった公演には馴れてないんですね。
 さあ、マキロンのところへ行くぞ!

 会場の外にはマキロンがいました。マキロンは、『岬めぐり』を踊っていました。こ、こいつ、もう元のマキロンに戻ってしまったのか、あなどれない奴だ。マキロン。君は、自分を変えて人を楽しませる天才だね。今日は、モダンダンスで変身してくれたね。いい余興だったよ。これからも、その調子でたのむよ。

「マキロン、打ち上げじゃ飲みすぎんなよな」

 そう言って、私は、早々に立ち去りました。今夜は、マキロンにとって一番楽しい日だからな。明後日には東海道五十三次駅伝のスタートを控えているしな・・・・。帰りぎわに、振り向くとマキロンは、大勢の友だちに囲まれて楽しそうに笑っていました。
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