旧作 旧作・高原へいらっしゃい 
(昭和50年度・山田太一作品) 

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語録&解説  

第1話 一緒にホテルで働かないかと誘っている面川清次

「場所は不便だ、スキーができるわけじゃない、スケートができるわけじゃない、登山ハイキングいずれもコースからはずれている。長所は夏涼しいと言うこと、八ヶ岳が背負っている風景の美しさ。しかし、その風景の美しさも2年前に5キロ離れたところにできた観光ホテルができたことで減殺されてしまった。あそこも、ほぼ同じ八ヶ岳を背負っている。おまけにスカイラインから近い。ここは、そもそもタクシーが来ない。ジープで無ければ、あの道(ダート)をとおりたりたがらない。仮にタクシーを使ったとしても、ゆうに2000円はかかる」
「うれしそうね。酷いところで、嬉しくてたまらないみたいね」
「そう、そう思われるかもしれない。そうなんだ。悪条件が、あんまり揃っているんだから私は引き受けた。今の持ち主は、ある製鉄会社の社長とだけ言っておこう。その人が私を見込んだ。私はホテルマンとして13年のキャリアがある。君に任そうと言われた。このホテルをよみがえらせてくれと言われた。私は、やりましょうと答えた。男なら誰だって引き受けるんじゃないかね」
「男になりたくて」
「何かね?」
「男になりたくて私たちを騙したっていうわけ?」
「騙したわけじゃない」
「何もかも揃っていて繁盛していると言ったのは誰よ」
「私は、この土地をみんなに見てもらいたかった。一人一人、これはと思って選んだ人だから、ぜひ一緒に仕事をしてもらいたいと思った有能な人たちだ。それはでは手段を選ばなかった。しかし、今は何もかもさらけだす。この建物と、この場所をみて、これから話をする条件を聞いて、なお、この土地で働く気はないという人は、遠慮無くお帰り頂きたい。もちろん差し上げた3万円は、そのままさしあげる。皆さんは自由だ」
「条件とは給料のことですか?」
「うん、給料のこともある。給料は一律20万払うと言いたいところだが、実は予算が300万しかない」
「300万?」
「何もかも、ひっくるめて300万。もちろん無茶な予算です。ガラスを入れ壁にペンキを塗り替えるだけで100万は飛んでしまいます。私は試されているような気がしました。この社長は私の能力を試している。やりましょうと私は言いました。後には引けない気持ちがしました。そして、この仕事が成功して飛躍することができたら、その時は、協力してくれた人間全員で飛躍しようと思いました。全員一緒に幸せになろうと思いました」
「いくらで働けというの?」
「働けじゃない、一緒に働かないかと言ってるんだ。300万の予算しかない人間が経営者のような顔はできない。初めは、こずかいていどのものしかお払いできない。しかしホテルが潤いはじめたら全員一緒に利益を分け合うんだ。この廃屋のようなホテルを素晴らしいホテルにするんだ。訪れた人が、いつまでも甘い思い出にできるような高原のホテルにするんだ」
「こづかい程度というのはいくらのことかしら」
「3万円だ」
「きれいなこと並べて、私たちを丸め込んで、3万円で働かせようっていうの?」
「サングラスをとりたまえ」
「・・・・」
「私の目をみたまえ」
「・・・・」
「私の目をみたまえ」
「・・・・」
「私は言ったはずだ。君たちは自由だと。嫌なら帰りたまえ。排気ガスと、満員電車と、コンクリートの東京に帰りたまえ。星の見えない東京に帰りたまえ。そこに生き甲斐があるというのなら帰りたまえ。ここには、はっきりとした目標がある。素晴らしいホテルを造ろうという目標がある。成功したあかつきには、君たちへ利益配分を約束している。素晴らしい空気で、緑の中で、八ヶ岳の朝と夕をみて、素晴らしい高原のホテルを作り上げるんだ。それがつまらないというのなら私は無理に引き留めない。借りたまえ。蒲田の工場へ帰りたまえ」
「・・・・」
「もちろん帰ってもらいたくないんだよ。一人一人かけがえのない人だ。そう思って私が選んだ人たちだ。そう思って私が選んだ人たちだ。ここで思う存分力をふるって欲しいと思った人たちばかりだ。しかし私は、無理に引き留めたくない。自発性を大切にしたい」
「・・・・」
「申し上げることは申し上げた。皆さんは自由です」

解説

 面川は、騙して人材を引き抜き、廃屋のホテルに連れてきました。そこは酷い廃墟のようなところで、とても開業できる雰囲気ではありませんでした。集まったみんなは、ネガティブでした。そういう雰囲気の中で、どういう演説をして、みんなを引き込んだかという点が、興味をひきますが、第1話での面川には、まだ強引で鼻のつくところがあったことは確かです。しかし、この強引さがないとマネージャーとしての統率力がもてないのかもしれません。