旧作 旧作・高原へいらっしゃい 
(昭和50年度・山田太一作品) 

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語録&解説  

第13話 ホテルを棄てようとするスタッフを引きとめる大貫徹夫

「じゃ、早いところ出ようか」
「今から出れば、夕方までに東京に着くだろう」

 みんなの前で、わざとらしく掃除をする大貫。

「大貫さん、掃除くらいやってから行くって」
「邪魔しないでもらいたいね。僕は忙しいんだ。このホテル全部掃除しなければならないんだからね。僕は毎日忙しいんだよ」
「・・・・」
「どいてくれよ」
「・・・・」
「ねえ、ミッちゃん、もう一度考え直してくれないかな。君たちも、ここを出て行ってもろくな事はないぞ」
「ここにいるよりは、ましだと思いますよ」
「東京にいくったって、あてなんかないんだろう?」
「あてなんか何とでもなりますね」
「さ、みんな行こうか」
「どうしても行っちゃうのか?」
「もう何を行っても無駄ですよ」
「そうか行っちゃうのか。俺がこれほどたのんでも行っちゃうのか!」

 モップを放り投げて激怒する大貫。

「わかったよ! 君たちは何時だってそうなんだよ! ちょっと具合が悪いことになると、すぐそうやって逃げ出しちゃうんだよ」
「・・・・」
「君たちはね、何時だって損得だけで生きているんだよ。そういう生き方はな、最低なんだぞ。たとえどんなに損をしたって、一つのことをやりとげなくっちゃ駄目なんだよ。一つのことが出来なくてな、何が出来るって言うんだよ!」
「・・・・」
「七郎、お前は人間の出会いをどういうふうに考えているんだ」
「出会いですか?」
「そうだよ出会いだよ。俺とお前が、こんな山の中で会って、出合うって言うことは大変なことなんだぞ」
「そんなに大変ですか」
「あたりまえだよ。出会いを大事にしなくて何を大事にするっていうんだよ」
「言いたいことはそんなことですか」
「そんなことだと? 出会いってのは一番大事なことなんだぞ。ホテルを棄てて出て行くって言うことはな、その一番大切なものを全部棄ててでていってしまうということなんだぞ」
「・・・・」
「君たちは一生後悔するぞ。60歳くらいになって思い出して後悔するぞ」
「俺たちは後悔しませんよ」
「大貫さんは後悔しないようにすればいいじゃないですか」
「あたりまえだよ! 後悔しないよ! 俺は君たちとは違うんだよ。最後までやりぬくんだよ。一人になったってやりぬくんだよ」
「だけど金が無くて、どうしてホテルやっていけるんですか? マネージャーも全然やる気がないじゃないですか。これじゃ俺たちが残る理由が全然無いじゃないですか」
「マネージャーにやる気がないわけがないじゃないか、マネージャー、マネージャー!」

 奥からでてくる面川。

「ほらみろ、マネージャー着替えたじゃないか、やる気があるじゃないか」

 面川につめよる大貫。

「やる気がありますよね、やる気がありますよねマネージャー」
「大貫君、すまなかった。今さらこんな事言っても何もならないかもしれないけれどね、大貫君がここまで打ち込んでいる姿を見てね、僕にも勇気が出てきた」
「遅いんですよ。遅すぎますよマネージャー」
「確かにそうかもしれない。このホテルを何とかシーズンまで持ちこたえてみせる」

 スタッフに頭をさげる面川。

「(面川)残ってくれとは言えないが、残ってくれると嬉しいんだがね」
「(大貫)僕はね、君たちに残ってくれと、御願いなんかしないぞ」

「・・・・」

「(面川)一度だけでも繁盛したシーズンを君たちと迎えたかった。君たちの今までの協力には感謝している。ありがとう。本当にありがとう」
「(大貫)俺はね、最後までマネージャーと一緒にやっていくんだ。2人だけでやっていくんだ。こういうのをな、かっこいいと思わない奴は駄目だと思うぞ」

解説

 『高原へいらっしゃい』最大の山場が、この13話でしょう。そして、この13話で、視聴者全員が大貫徹夫(前田吟)の虜になったと言っても過言ではないと思います。大貫を嫌な奴だと思ってみていた視聴者は、大貫のヒューマンな温かい心と、御節介だけれどひたむきで実直な姿勢に、コロリと参ってしまいました。人間は極限状況で初めて本性を現しますが、大貫は、極限状況の中で、人の良さを見事に発揮しました。日頃は口が悪くても、面川清次(田宮二郎)以上に人が良くて実直で、すぐに誰でも許してしまう、お人好しのところが、人間を善意に捉えるポジティブな大貫が発見できた回でした。それから、もう一人。村田さん(常田富士男)も、ホテルがピンチになったとたんに登場し、ホテルを手伝おうと言ってきました。ピンチの時に活躍できる人間こそ美しいものですが、この13話は、そういう場面だけに、本当に痛快でした。