はじめに

 北海道、知床半島。アイヌ語で「シリエトク(地の涯)」と呼ばれるこの半島には、北海道いや日本随一の自然が残っている。

 私がこの半島に初めて足を踏み入れたのは10年前の事になる。2週間以上にわたる北海道の旅の後半で、1泊か2泊して出て来るつもりだったのが、気がついたら5連泊していて、家に帰る日の前日になっていた。
 知床が忘れられなくなった私は、翌年の夏にも再び知床を訪れた。
 その時初めて「相泊」という場所を訪れた。
 羅臼から半島の先に向かう一本道の終点。ここから先には道がない。
 そんな最果ての集落に何となく興味が沸いたのだ。
 相泊にあったのは、漁港と「熊の穴」というラーメン屋。民家数軒。それだけ。「熊の穴」のすぐ先で、羅臼から来た道は「通行止」の標識とともに終わっていた。
 私にとって、その時点では、ただそれだけの相泊だった。相泊という所は行き止まりの終点であり、決して出発地ではなかった。2年後、その相泊から先に向かい、知床岬に立っているなんて事は、夢にも思わなかった。

 月日は流れ、私は社会人になった。旅先で出会った佐藤智という友人と一緒に『風のたより』という手紙を作るようになった。
「今度、メンバーを集めて知床岬に行こうと思うんだけど」
「いいねえ、行こう行こう」
 その時の知床は、とにかく凄かった。
 うまく言えないが、
「知床岬に行ったんだ」
「何かをやったんだ」
 という充実感が味わえた、そんな旅だった。
 知床に行った事で人生が変わった者も多い。


「知床の魅力って何ですか?」
 そう聞かれると答えにつまってしまう。
 知床には何もない。本当に何もない。
 知床岬までの道路はおろか、ルートすらない。
 酒も売っていないし、自分で作らないと飲み水すらもない。
 でも、知床には何かがあるのだ。
 他の場所では味わえない「何か」が。
 それって何だろう?

 その答えを探すために、1996年の夏、何度目かの知床を訪れてみた。
 私と同じように旅が好きな、未知の世界に飛び込もうとする大勢の友人達と一緒に訪ねてみた。そして・・・・。【土井 健次】