ブルーベリー 旅に出たい人へ
  風のひとりごと

住所交換に思うこと

 住所交換はした方がいい。しないで後悔するくらいだったら、どんどんした方がいい。今の私は、なんのためらいもなく住所交換をします。しかし、住所交換には弊害がある事も確かです。そのために勘違いされたり、不愉快な思いをする事もあります。でも、そんな事を恐れて後悔するべきではないと私は思うのです。

 あれは今をさること20年前の事です。雪の盛岡駅という旅先での事でした。宮沢賢治の文庫本を読みながら涙していた私に声をかけてくれたのは、Aさんでした。Aさんも私と同じく宮沢賢治を愛する一人でした。だからすぐに意気投合し、三日間、二人して一緒に雪の花巻を歩きました。冬の花巻は寒かった。風も冷たかった。けれど、宮沢賢治を語りながら、雪渡りした事は一生涯、忘れられないでしょう。

 この時、私はAさんと住所交換をしませんでした。住所交換どころか写真さえ撮らなかった。当時の私は旅を私生活に持ち込むことはしなかったのです。だから、私は誰とも住所交換をした事がなかった・・・・。
 しかしです。それから1ヶ月ほどたつと、私は無性にAさんに会いたくなってきました。もう一度、Aさんと『宮沢賢治』について語りたくなってきたのです。こんな気持ちになったのは初めてでした。しかし、住所交換をしてない私には、どうしようもなかった。私は仕方なくAさんに手紙を書きました。宛先のない手紙を書きました。

 それから半年後の夏、私は再び花巻を訪れました。驚くべき事に私はAさんと再会したのでした。私は狂喜しました。それはAさんも同じだったようです。そして、私とAさんは旅の予定を全てキャンセルし、再び花巻を一緒に歩きました。

 夜を徹して『宮沢賢治』を語りました。
 イギリス海岸で星を眺めました。
 百年の友に会ったような気持ちでした。

 しかし、私はどういうわけか住所交換をしませんでした。そしてまた酷く後悔したのです。私がAさんと正式に住所交換をしたのは、それから7年たってからの事でした(Aさんが海外に移住する事が決ってからでした)。

 でも、私とAさんには『宮沢賢治』が好きだという共通点がありました。だから宮沢賢治の催物、宮沢賢治に関する公演、宮沢賢治関係の演劇で、私とAさんはよく再会しました。旅先の花巻でも再会する事は一度や二度ではありませんでした。私とAさんは、その度に大喜びで夜を徹して語りあいました。しかし、住所交換は決してしなかった。途中で、その必要もなくなってっしまった。私とAさん一緒に、あるボランティア活動をするようになったからです。

 『住所交換はした方がいい。しないで後悔するくらいだったら、どんどんした方がいい!』

 けれど、最近の私は、あまり住所交換をしていません。手紙の量が膨大になってきた事もありますが、簡単に住所交換をした場合、Aさんの時のように、強烈に再会したくなる想いが、どうしても沸いてこないからです。それに、本当に引かれあうものがあれば住所交換をしなくても、私とAさんのように、再会する事も不可能ではありません。前に、『住所交換はした方がいい』と言っておきながら、こんな事を言う私は、とても矛盾していますね。
【風のひとりごと】
(旧「風のたより」5号掲載文・1993)

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