ブルーベリー 旅に出たい人へ
  旅人的生活の方法

強くなる

 しつこいと思われるかもしれませんが、もう一度繰り返します。旅人的生活の方法(幽体離脱の方法)は、人間の数ほどあります。というわけで、これから述べる方法論は、星の数ほどある方法論の中の一つであると考えてください。それでは、本題に入りましょう。今回は「強くなる」というテーマです。

 旅人的生活をしたいけれど、なかなかできない。そういう人は多いと思います。仕事が忙しく、勉強で忙しくて、お金がなくてできない。いろんな理由で旅人的生活を断念する人たち・・・・。私も、昔はそういう人間の1人でした。しかし、突然、私の中に変化がおきました。

 わけあって私は、旅人になりました。仕事より旅を優先するようになり、退職して旅をしやすい仕事を探し求めました。いつでも休暇をとれる仕事を、場合によっては2〜3ヶ月の休暇がとれる仕事を探しました。もちろん、そんな仕事など見つかるわけがない。ですから、日雇い労働者になるか、アルバイトを転々と変えていく暮らしのどちらかになります。
 しかし、私は幸せをつかみました。給料が安くても労働が苛酷でも、出勤を強制されない自由、拘束を受けない自由、いつでも休める自由というものは、旅人となった私にとって、とても大切なことだったのです。

 会社にいたら、自由に休めない。
 したくもない付き合いをしなければならない。
 何かと拘束される、みんなと競争しなければならない。
 みんなで足の引っ張り合いをしなければならない・・・・。

 朝から晩まで、そういう暮らしをしてきた私は、うんざりだった。だから、どんなに給料が安くても、どんなにキツイ仕事でも、自由でさえいられれば、幸せでした。そして手に入れた自由は、絶対に手放したくないと思いました。
 ところが世の中は甘くなかった。アルバイトの世界も、日雇い肉体労働者の世界にも、つきあいという世のしがらみがあったのです。そして、それを断るのが意外に難しかったりしたのです。下手に断るとイジメにつながって、結局退職しなければならなくなる。せっかく手に入れた自由が遠くに逃げてしまう。そのためにアルバイトを転々としなければならなくなるのです。

 仕事とプライバシー。
 この2つは常に対立しあいます。

 かならず仕事が個人のプライバシーを侵してくる。会社帰りの飲み会や、さまざまな付き合い。そういうものが天災のように襲いかかってきて自分の空間を侵してくる。
 一緒に御飯を食べようとか、遊びに行かないかと言ってくる。しかもそれを断わると、付き合いの悪い奴と孤立していき、下手するとイジメにつながっていく。

 ・・・・と、こう書くと、旅をしない人が読むと不思議に思われるかもしれませんが、旅人にとっては普通の人よりプライバシーが重要にな意味をもっているのです。
 例えば、飲み会などの無駄な支出をしたくない。つまり仕事仲間と飲みたくない。そういう金があったら、少しでも旅費にまわしたくなるのです。
 そして、無駄な時間も使いたくなくなる。飲む時間があったら、1通でも旅で知り合った人からもらった絵葉書の返事を書きたかったりする。楽しく美しかった旅の思いでを思いだしながら、手紙や絵葉書の返事を書きたいのです。
 そして、これが一番重要なことなのですが、仕事仲間に、旅の話しが通じない・・・・ということがあります。とくに1人旅する人の気持ちが、世間一般の人たちに理解されない。わかりっこないという絶望的な確信があったりする。それゆえ余計に一般人とは距離を置いて、旅人の空間を大切にしたい。そういうプライバシーを保ちたいという気になるのです。

 旅人にとってプライバシーほど大切なものはありません。なぜならば旅人くらい忙しい人たちはないからです。行きたいところは山ほど有るし、旅で知り合った友人も、一般人よりも10倍は多かったりする。だから一々、会社の付き合いにかまってられない。
 絵葉書や手紙にいたっては、一般人の100倍もらっていますから、書く返事の量も一般人の100倍は多かったりします。それゆえ返事を書くのに忙しい。とてもじゃないが、くだらないことに時間を費やせないのです。
 しかし、会社というものは、くだらない時間つぶしをとても大切にしてたりする。旅人の私にしてみれば、腹立たしいくらいな無駄に見えても、それが重要だったりする。
 会議、飲み会、運動会、社員旅行、昼食。いろんな形で個人のプライバシーに割り込んできて、会社という集団としての一体感をもつことを強制してくる。自分のプライバシーの公開を強制し、みんなと一体感をもつよう迫ってくることもある。酷いのになると一緒に風俗店に行くことを強制してくる場合さえある。
 けれど、こういうことは私にとっては迷惑千万であり、できるだけかかわりたくないのです。しかし、デリケートな問題なので、全てを拒否してしまうと会社にいづらくなります。へたすると辞めなければならない。そういうジレンマがあるのです。これは日雇い労働者の世界でも一緒でした。

 では、どうすればいいのか?
 せっかく手に入れた自由を失ってもよいのか?
 もちろん失いたくない。
 では、どうすればいいのか?

「強くなる」

 しかありません。
 変人と思われようが、
 会社からバッシングされようが、
 びくともしない、強者になるしかないのです。

 最初、私は弱かった。弱いからこそ会社から逃げて退職して長い旅にでかけました。そして旅をする快感に溺れ、自由を得るために日雇い労働者となって仕事を転々とするようになりました。私は、旅のために仕事を選択し、旅の都合にあわせて仕事や会社を選ぶようになった。その結果、どうなったか?
「強くなる」
という必要が生じて、強くなるように努力するようになったのです。あれぼど会社から逃げ回っていた男が、今度は会社と戦うようになってきたのです。
 具体的にいうと会社にとって有能な人間になるように努力するようになる。自由とプライバシーを手に入れるために、以前よりもまして仕事熱心になってしまったのです。すると不思議なことに仕事が楽しくなりました。

 例えば、こんな経験がありました。
 私がラーメン屋で働いたときのことです。

 まず私は、他人の3倍働くことを心がけました。熱心に仕事をすれば、休みもとりやすくなるし、仲間とのつきあいを拒否しても、あまり問題にはなりません。変人だと思われても、プライバシーを守ることが出来ます。休み時間に手紙ばかり書いてて、仲間との会話に加わらなくても、孤立することはありません。だから旅先でのことを思い出しながら一生懸命に働きました。
 すると不思議なことに少しずつ仕事が面白くなってくるのです。最初はプライバシーを守るための一生懸命だったのに、本気でラーメンを作ることに一生懸命になってくる。本末転倒してしまう。一生懸命なふりだったのが、だんだん本物になってくるのです。というのも、休暇をとって旅にでると、全国さまざまなラーメンを食べ歩くようになってくるからです。

 あのスープは、どのように作るのだろう?
 この麺はどうなってるのだろう?

 と推理しながら食べるラーメン食べ歩きに生きがいを感じてしまう。だから仕事が楽しく嬉しくなる。時間外までもサービスで働いてしまうし、出社が待ち遠しくなるから、1時間も早く出社して、時間外から働いてしまう。
 それが店長に認められて真剣に仕事を教えてくれるようになり、真剣に勉強させてもらうようになる。給料をもらって勉強させてもらう・・・・。なんて幸せなんだという状態で働きますから両方熱が入ってドンドン仕事を覚えていき、知らず知らずのうちに重要なことをまかされるようになってしまうのです。

 そうなると、長期の旅に出るために、ラーメン屋を辞めようとすると、なかなか店長が辞めさせてくれません。辞めさせたくないから長期休暇を許可する。確実に戻ってきて欲しいから餞別までくれたりする。5万円をさしだし、
「土産に鮭を買って来い」
といってくる。
「鮭は5000円で買えるから」
と4万5000円を返そうとしても受け取らない。あとは旅の足しにしろと言ってくる。そして、
「俺の欲しいものは鮭じゃない、お前が確実に土産を持って帰ってくれることだ」
と言ってくる。

 こうして私は、気づかないうちに自由を手に入れ、そのラーメン屋で強い立場になってたりする。他の店員なら絶対に認められない自由(特権)を手に入れていたりするのです。 ところが、この自由は、ある一線を超えると、一挙に自由を失ってしまうから用心しなければなりません。店長(上司)が、社員にならないかと持ちかけたり、さらに待遇の良いポストを用意するからと持ちかけてきたときです。そういう時の相手には、

「こいつをもっと拘束したい」

という下心があるので、うまく断って逃げるしかないのですが、うまく逃げられなかったら辞めるしかなくなるから要注意です。
【風のひとりごと】
(月刊『風のたより』31号掲載文・2000)

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