北軽井沢ブルーベリーYGHの世界 登山記録

仙ノ倉山に行く!

 前々から谷川連峰で一番素晴らしい山は、平標山と仙ノ倉山ではないかと思っていました。しかし、何故か百名山には、平標山も仙ノ倉山も載っていないのです。
 私はいいたい。
 谷川岳より平標山や仙ノ倉山の方がいい! 断然、仙ノ倉山の方が良い! だからみんなを仙ノ倉山に連れて行きたい。でも、仙ノ倉山では人は集らない。人間という生き物は悲しいもので、多かれ少なかれブランドを求めたがります。百名山というブランドを求めたがります。そこで私は読者をペテンにかけることにました。谷川岳に登るといって、谷川連峰の一つである仙ノ倉山に連れて行こうというサギ的行為を思いついたのです。そうとは知らず、私の罠に引っかかったメンバーは、計7人です。

 まず、平標山に登った私たちですが、死ぬほど暑かった・・・・。炎天下という表現は、こういう時に使われるんだろうなと思ったものです。歩くごとに汗がしたたり、踏込むごとに暑さは増し、登るごとに太陽が近付き、体から吹出す水蒸気に、視界がさえぎられるのではないかと思ったくらいです。
 暑い。
 すげーあつい。
 そうだ、ビールがあった。私のザックの中には、冷たいビールが入っているんだ。よし、ビールを飲もう。うまいだろうな。うまいんだな、これが・・・・。その時、私の目の前に天使心があらわれた。
その天使は、女優の山口智子にそっくりでした。

「ビールは、頂上で飲みましょうね」
「はい・・・・」
「素直ね。それが、あなたのいいところ」

 平標山。
 ここが、本当に山なんだろうか? どう見たって広大な牧場にしか見えないぞ! いや、牧場というよりは、草原だな。高山植物の咲き乱れる草原だ!
 そうです。花々々々々々々々々・・・・の咲き乱れる大草原です。日本にも、まだこういうところが残っているなんて。このスケールのでかさは、完全に北海道をこえています。
 私は、風に舞う花の前に立っていました。花は、年ごとに同じように開きますが、その花を見る人の姿は、年ごとに違っています。いつまでも花の見られる場所であってほしい。仙ノ倉山は、そういう山であって欲しい・・・・。

 仙ノ倉山。やはり、草原でした。平標山を上回る広大な草原でした。天国というものが、あるとしたら、こういうところに違いないとだれかがいってましたが、まさしくそのとおり!
 雲霞は何1つなく、日差しは遠くの山々を照らし、展望は遥かに遠く、風はわずかにして草木をゆらし、草原は花に香る。
 おっと感傷的なことをいってしまいました。花もいいけど、「花より団子」いや「花よりビール」です。仙ノ倉山頂上にたどりついた私たちは、さっそくビールで乾杯! ピスタチオ、ナッツ、アーモンド、クルミを肴に乾杯!
 きれいな夕日でした。
 私たちは、北アルプスに沈む夕日をながめながら、グビグビとビールを飲み干したのです。そして、気がつくと星たちの姿。赤い夕焼けのカーテンは、黒い星々のカーテンに移り変り、千万の放射が私たちを突き刺しました。千万の放射は、億万の放射に、億万の放射は、億兆の放射に・・・・。

 ああ、そうだ!
 今日は新月だったんだ。
 夜空から、月明りが消えてなくなる日だったんだ。

 私たちは、そのわずかな星明りで、頂上から二百メートル下った避難小屋に向かい、そこにテントを張って、億兆の放射をあびることにしました。
 ピカッ!
 ピカピカッ!

「おい、夜空が光ったぞ」
「落雷だ。北アルプス方面にイナズマが走っている」

 壮大な放電現象です。雲がないにもかかわらず、落雷だけが夜空を照らしています。それは、まるで竜神のごとく巨大な放電。東日本の天空を覆いつくしたといっても過言ではありません。
 みなさんは、落雷といえば上から下に落ちるものと考えていると思いますが、山の中での落雷は、全く違います。横を走る落雷。下から上へ向かう落雷。渦巻き状の落雷。落雷に、法則などは全くありません。それらは竜の形をしています。生きた竜の形にそっくりです。
 日本でも中国でも、竜の伝説は山岳地帯に多い(例えば信州)ものですが、それは、きっと山々に放電する落雷の影響のような気がします。落雷を竜にみたのではないかと思います。

「星だ」
「星が流れたぞ!」
「ビュンビュン、星が流れているぞ!」
「スゲーなあ」
「あ、また流れた!」
「スゲー、スゲー、スゲー」

 だれかが「スゲー」を3連発しました。あまりに流れる星の多さに驚いたわけですが、その時、だれかが変なことを口走りました。
「スゲーを3回いったね。何の願い事をしたの? 何がスゲーといいわけ?」
 爆笑です。
 ところで流れ星に、願いごとを3回となえると願いごとがかなうといいますが、本当でしょうか? 実は流れ星には、星の数ほど伝説があります。何故ならば流れ星には何百という種類があるからです。そして、その何百という種類に、それぞれの言い伝えがあるのです。

赤い流星は、幸福を呼ぶ星。
青い流星は、だれかが死んだことを知らせる星。
長く流れる星は、恋する想いを伝える星。
一瞬にして消えてしまう星は、せつない想いが途絶える星。
北斗に流れる星は、不吉を知らせる星。
南斗に流れる星は、良いことを知らせる星。

 青い流星が、北に流れるときは、だれかが死んだことを知らせる不吉な星なのですが、そんな星に「金くれ!」と3回も叫び続けるのは、滑稽そのものです。これも全て流れ星といえば願い事をかなえてくれるものという思い込みのなせる技です。

 星には、たくさんの伝説があります。たかが流星にも千万の物語があります。例えば北極星。この北極星にまつわる伝説で有名な話は、ギリシャ神話に出てくる子熊座の話ですが、今回は中国に伝わる北極星の伝説を紹介しましょう。

 中国では、北極星を帝座と呼びました。北極星は動きません。いつも北の空に、不動のまま存在しています。他の星々は、その北極星の回りを回っています。古代中国では、そんな北極星を天子(皇帝)の星と考えたわけです。中国の星占いによれば、見慣れない星が北極星を犯す時は、政治が乱れ、人民が乱れ、逆臣が君を倒すといわれていました。北極星が皇帝なら、見慣れない星が逆臣になるわけです。

 時は後漢の時代(AD25年)。
 皇帝光武には、厳子陵という親友がいました。二人は、名もない書生時代に苦学を共にし、汗と涙を共にして苦労を重ねました。そして、二人は、力を合わせて皇帝の座を掴んだのです。ところが光武帝が帝位についたとたん、厳子陵は

「固苦しい官使など、まっぴら御免」

と姿をくらましてしまいました。
 親友を失った光武帝は、とても淋しい思いをしました。なにしろ皇帝です。皇帝に逆らう者はいません。だれもが皇帝の機嫌をとり、だれもが皇帝の姿に恐れおののきました。光武帝は、地上にたった一人の皇帝になった時、たった一人の、ひとりぼっちになってしまったのです。
 そんな時、光武帝は、厳子陵を思い出しました。
 共に笑った厳子陵。
 共に泣いた厳子陵。
 時には叱ってくれた厳子陵。
 一緒にいたずらもしたし、一緒に戦いもした。

「厳子陵に会いたい、会って夜どうし語りたい」

 ひとりぼっちの皇帝は、厳子陵を捜しました。天下に号令をかけて捜し出しました。そして、厳子陵を見つけだし、二人きりで酒宴を開きました。そして、昔話に一夜をあかすことになりました。
 その日の夜のことです。
 北極星のそばに、突然、見慣れない星があらわれました。驚いた天文官は、皇帝のところに駆けつけました。

「大変でございます、客星(見慣れない星)が、帝座(北極星)を犯しております。大異変の前兆です!」

 皇帝は、笑って答えました。

「心配するな。実は、私は厳子陵とゴロ寝をしていた。その見慣れない星というのは、厳子陵にちがいない」

 時は唐の時代(AD756〜762年)。
 粛宗皇帝には、李秘という忠臣がいました。安禄山の乱の時をはじめ、数々の手柄をたてた人ですが、これが全く無欲な人で、さっぱり官職につこうとしませんでした。そんな李秘に、粛宗皇帝は尋ねました。

「いったい、お前には欲というものはないのか? 何か欲しいものはないのか? 何かやりたいことはないのか?」

 李秘はニヤリと笑いながら答えました。

「私の望みは、皇帝陛下のひざ枕で寝かせていただくことです」
「ひざ枕?」
「そうです。そして、北極星に見慣れぬ星を出現させ天文官を驚かし、『大変でございます。客星が帝座を犯しております』と上奏させてみたいですね」

 茶目っ気たっぷりに語る李秘に皇帝は大笑いしました。
 後日、皇帝は、李秘がグウグウ寝ている時に忍びよって、李秘の頭をのせてみました。皇帝も、そうとう茶目っ気の多い人だったようです。さて、北極星は、どうなったんでしょうか?

 翌朝、私は、みんなと分れて、一人だけで谷川岳を縦走に向いました。万太郎山、爼鞍、谷川岳を駆けめぐりましたが絶景です。北海道の礼文島の8時間コースを、そのまま山に持っていった感じです。しかも、礼文島の8時間コースよりきれいです。人もだれもいません。全く一人占めできます。
 私は、のんびりと楽しみながら山を縦走しました。時に花を見つけ、時に風にあたり、時に水を口にし、時にオカリナを吹きました。オカリナは山野にこだましました。風にのって遥かに響きました。すると、どこからか拍手が聞えてきました。
 縦走ルートはあいかわらず広大な草原が続いていました。草原の縦走ルートなんて初めてです。ちょっと寝転がってみましたが、あまりにも心地好いので大地に吸込まれそうです。

「御休み、ゆっくりと御休みなさい」
「ええ、ありがとう・・・・」

 え?
 だれ?
 だれなの?

 確かに私は今、だれかのヒザ枕で寝ていたような気がしました。
あたりを見回しましたが見えるのは草原だけです。

「だれだろう? 私にヒザ枕をしてくれた人は・・・・」

 空には星が輝いていました。夕焼けには未だ早かったですが、北の空に一つだけキラキラと輝いる星がありました。あれは北極星だろうか? そうだ、きっと北極星にちがいない。とすると、今のヒザ枕は・・・・?
【風のひとりごと】
(旧「風のたより」22号掲載文・1994)

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